① イカ加工業の展開
ⅰ) イカ産業において重要な位置を占めるイカ加工業
イカ類の漁獲量は年による変動はあるものの、1950年代以降、2000年頃まで概ね50万トン水準を維持してきた。これほど長期にわたって高い漁獲水準を維持した水産物は珍しいが、これはわが国周辺のスルメイカ資源の豊かさに加えて、イカ需要の大きさによってもたらされたものである。すなわち、スルメイカの漁獲量は1960年代後半から1980年代半ばにかけて長期的な減少傾向を辿ったが、それを補完するために太平洋のアカイカに始まり、ニュージーランド沖や南西太平洋、さらにはペルー沖といった新たなイカ資源の開発が積極的に進められ、その結果、長期にわたって高い漁獲水準が維持された。加えて、相当量のイカがラウンドやつぼ抜き、開きといった原魚形態や調製品、塩干品等の形で輸入されてもきた。すなわち、国内の旺盛なイカ需要を満たすために、世界中のイカが国内漁業としてあるいは輸入により日本に集められてきた。
このようなイカ需要の大きさは、業務需要を含め刺身から惣菜、珍味類、さらにはマグロの餌といった広範囲な利用形態に支えられてきた。しかし1990年代以降、イカの需給関係は厳しい変化を遂げてきた。さらにグローバル化の進展や景況等がイカ産業にも大きな影響を与えた。特にイカ加工業はイカ類需給の中心に位置することから、イカ加工業の消長や企業行動がイカ類の生産部門や流通部門に与える影響が大きい。
ⅱ) 国産スルメイカの漁獲量減少を補完してきた海外イカ
1960年代までは、イカ加工品のなかで「するめ」の占める割合が高かった。イカを対象としたコールドチェーンがまだ普及していなかった当時のスルメ加工は、水揚げされた生鮮イカに保存手段や流通手段を付与することを最大の目的としたものであり、主として漁家加工によって行われてきた。
1960年代後半以降は、「さきいか」等のイカ珍味加工品需要の高まりを背景に、イカ加工業は近代的な食品製造業として急成長を遂げた。一方、いったん減少した「するめ」の生産が1970年以降も一定水準を保ち、1980年代半ば以降に増加傾向さえ見られたのは、「するめ」が伝統的加工品として根強い需要があったことに加え、「あたりめ」等の中間原料としての需要が増加したことが原因であった。
近代的なイカ加工業の成立によって、その原料としてのイカ需要は急速に高まっていった。すなわち、かつての「漁獲の延長」として行われてきた「するめ」加工がイカの水揚げによって規定されてきたと考えられるのに対して、企業的経営によるイカ加工は製品需要に規定されることから、前浜の水揚げとは無関係に原料確保が求められるようになった。
1970年代以降になってスルメイカの漁獲が減少傾向を辿るなかでは、こうしたイカ加工業の原料需要がスルメイカを代替するイカ類資源開発の原動力となり、さらに1980年代のスルメイカ類の輸入量急増の原因になったと考えられる。こうしたイカ加工業の成長によって、海外のイカ加工原料が函館等を中心とするイカ加工産地に集中する環境ができあがった。しかし、このような積極的な漁業開発により、スルメイカ類の国内生産量が50~60万トン、輸入を含めた国内供給量が60~70万トンに達したにも関わらず、高度成長期以降の旺盛なイカ需要に対しては相対的に過小傾向にあったことから、バブル経済の時期までスルメイカ類の需給関係は概ね売手市場で推移したものと考えられる。
このような旺盛な需要に対応して供給されるスルメイカ類の種類や形態、サイズは多様化し、細分化していった。さらに漁業開発や輸入量の増加によりイカ加工原料の供給源も著しく広域化したことから、従来、季節性の強かったスルメイカ類の供給は冷凍保管技術及び素材加工技術の普及も手伝って、ほぼ周年化することとなった。年間を通した多種多様な原料と種々雑多な用途や仕向けに対応して、スルメイカ類の市場はその規模を拡大していった。
ところが1980年代末頃からは、スルメイカ類の供給量は著しい乱高下を示し、スルメイカ類の市場では消費不況と加工需要の頭打ち傾向から魚価安に転化していった。さらに1990年代に入ると、全体的な需給関係の緩和に加え、イカ流網の禁漁に伴うアカイカの減少や海外イカ(釣り及びトロール)の不漁、大型・中型イカ釣り漁業における漁獲物の船上加工傾向の高まり(高付加価値化)、網漁業によるスルメイカの水揚げ増加、さらには輸入量の増加といったように、スルメイカ類の原料供給要因は著しく変化し、かつて漁業種類別にイカの種類(肉質)や魚体サイズ等で区分けされてきた売手市場時代の原料と製品の対応関係も大きく変容していった。また、大手小売業者がスーパーマーケットやコンビニエンスストアを展開させ、水産物に限らずバイイングパワーを強めていった時期でもあり、スルメイカ類の需給関係は買い手市場化していった。
2000年以降の原料と製品の対応関係の変化で特筆されるのは、乾燥珍味分野において補完される海外イカ原料に、従来の冷凍品だけでなく調製品(一次加工品、のちには二次加工品)が多く含まれるようになったことである。これはイカ加工業の構造変化に伴い、大規模イカ加工業者が一次加工品を輸入して二次加工品を製造するという加工から、輸入した大袋詰めの二次加工品を小袋にリパックして販売することが主流になっていったこと等による。
輸入の海外イカの生重量換算を、塩干品・調製品の重量を5倍にするイカ加工業者の計算方式にならうと、2000年頃までは約70万トン水準であったイカの国内供給量は、約60万トン水準の2000年代を経て、2010年以降は約50万トン水準に減少した。イカの国内供給量に占めるイカ輸入量の概算割合は、1990年代には約15%だったものが2000年代半ば以降には50%を超え、2015年以降は約75%までに高まった。
そして2016年以降は国内スルメイカの漁獲量が大幅に減少し、2019年にはスルメイカをはじめとする国内イカ類産量は約7万3千トンにまで低下した。このような国内イカ類漁獲量の減少を補ったのは当然、海外イカであったが、主要魚種であるアメリカオオアカイカやアルゼンチンマツイカの不漁により輸入量が安定せず、イカ類の価格が一時、急騰した。その後、これらの漁獲量の増加やロシア産スルメイカ及びトビイカ等のイカ類の輸入が行われ、また、単価の上昇による買い控えや新型コロナ感染症流行下の外食でのイカ類の需要低減の影響もあり、近年、2016年のスルメイカ不漁直後よりは需給関係が緩和されている。
(資料:三木克弘・三木奈都子「イカ産業の構造と展開」農林統計出版株式会社, 2021年, pp69–109)
② 利用されているイカの需要と供給
ⅰ) イカ類の需要と供給
イカ類の用途は大きく生鮮消費向け、惣菜原料向け、加工原料向けに分けられる。イカ類の需給量の大きさは、これらの用途それぞれに多様な利用形態があるためにもたらされたものである。イカの利用においては、当然のことながら利用形態ごとに利用可能なイカの種類や品質、上限価格等の目安がある。一方、イカの供給としては、国内生産と輸入がある。図はイカ類の需給関係を模式的に示したものである。
国内生産については従来、イカ釣り(沿岸・沖合・遠洋)、定置網、沖合底曳網、大中型まき網があるが、漁業種類ごとに供給可能なイカの種類、供給形態(生鮮、冷凍、一次処理の有無やその形態等)、品質(鮮度、サイズ、選別の有無等)、供給数量、供給時期等がおおよそ定まっていた。こうしたイカの需要と供給の対応関係には品質や価格面での一定の許容範囲内で複数の供給源の間で代替関係がみられるものの、総じてタイトな関係にある。こうした国内生産と需要の量的、質的ギャップは輸入によって埋められる一方、中・長期的には資源変動や供給構造の変化に需要が対応する(例えば、供給が増えたイカを原料とした新製品の開発が進むことなど)によって需給均衡の方向に進むのが一般的である。
国内生産では、スルメイカの変動を「その他」のイカ類が補完してきた。その他のイカとは、アカイカ、アメリカオオアカイカ、アルゼンチンイレックス、ニュージーランドスルメイカ等で、かつてその多くは日本の大型イカ釣り漁業によって供給されてきた。しかしながら、大型イカ釣り漁業の衰退により、同漁業が果たしてきたスルメイカ供給の補完機能は輸入が果たすこととなり、さらにその後の商品開発の結果、アメリカアカイカのようにスルメイカの補完以上の独自の需要を有する種類も出現している。表は種類別の製品概要を示したものである。
- 注)基本的には、三木克弘・三木奈都子「イカ産業の構造と展開」農林統計出版株式会社, 2021年のp114より転載。元の表は、水産庁加工流通課田原康一氏作成。供給漁業種類の(大型イカ釣り)は消滅してしまったが、かつてはイカ類の供給漁業であったことから、参考に( )を付して表に入れている。
ⅱ) アメリカオオアカイカの需要と用途
1990年代から産業的利用が始まったアメリカオオアカイカの需要は、1990年代は低迷していたが、2000年頃から製品市場が拡大したことから大きく増大していった。アメリカオオアカイカの製品市場が拡大した要因は製品分野によって異なるが、その背景として共通しているのは各製品市場において低価格品のシェアが拡大してきたこと、アメリカオオアカイカを原料とした商品開発が進展してきたこと、イカ加工原料の供給がタイトになりイカ加工原料の需要がアメリカオオアカイカに向かったこと等である。
(イカ惣菜加工品)
かつてアカイカ系の供給が国産アカイカに限られていた時期には、アカイカを原料とする惣菜加工品はロールイカ(脱皮した切身をロール状にして凍結した製品)とそれよりグレードが1ランク下のベタ(ロール状ではない製品)の2つの一次加工品を中心に、より加工度の高い製品として天ぷら原料やイカロースト、各種惣菜が作られていた。
その後、アカイカの国内生産が減少し、中国からのアカイカ(ベタ)輸入が増加するようになった。こうしたなかでアメリカオオアカイカ製品はアカイカ製品の代替品(低価格品)として位置づけられ、惣菜製品の種類を増やしながら次第にその市場規模を拡大していった。
(イカ塩辛)
アメリカオオアカイカを原料とした塩辛が生産されるようになったのは、1990年代末といわれる。イカ塩辛の原料にアルゼンチンイレックスが使われたこともあるが、従来、そのベースはスルメイカである。塩辛はイカの部位(胴・耳・足)の配合比率で製品のグレードが決まるが、さらに低価格の製品需要が増大し、それに対応するためにアメリカオオアカイカの耳とスルメイカの内臓(ゴロ)を原料とする塩辛が作られるようになった。こうした低価格品は薄利多売が求められるため、製造業者は主に大手である。
その後、2010年前後には原料がスルメイカ類に戻っていた塩辛であったが、スルメイカが不漁になった2016年以降は再びアメリカオオアカイカ原料も多く使われるようになった。その際、原料調達が難しくイカ塩辛を製造できなくなった加工業者と取引していた小売業者が欠品を避けるため、アメリカオオアカイカ等の原料を調達できた比較的規模の大きい加工業者の製品で棚を埋める対応を図るなど、小売業者は製品調達ルートを変化させざるを得ず、そのことによって塩辛の流通地図がかなり塗り替えられた。ご当地塩辛が全国製品にとって代わられる地域もあった。
(イカ乾燥珍味)
イカ乾燥珍味原料としてのアメリカオオアカイカの利用は、2000年頃からといわれている。イカ乾燥珍味市場にはスルメイカを原料とした差別化商品があるが、製品価格は安いものの原料価格も安いことから加工による利益が出るアメリカオオアカイカ製品のシェアが拡大していった。また、特有のボリューム感や食感を持つアメリカオオアカイカを原料とした乾燥珍味類は、その特徴からイカ乾燥珍味市場において新たな製品市場を形成していった。
(資料:三木克弘・三木奈都子「イカ産業の構造と展開」農林統計出版株式会社, 2021年, pp114–117, 135–150)
③ 今後の加工業の構造変化
ⅰ ) 国内原料の減少の実態とイカ加工業者が集積する函館地区の概要
1950年頃から2000年代まで漁獲変動がありながらも50万トン水準を維持してきた国内原料であったが、2016年以降、国産スルメイカの漁獲量が大幅に減少し、2019年にはスルメイカをはじめとする国内イカ類産量は約7万3千トンにまで低下した。
ここではイカ加工業者が集積している函館地区を対象に2016年の国産スルメイカの漁獲量減少がイカ加工業の構造に及ぼしている影響についてみていく。函館地区は、加工種類や経営規模が様々なイカ加工業者が存在する函館市・北斗市と、一次加工品であるスルメの加工に特化した中小・零細業者がいる福島町・松前町から構成される。組織やエリアを単位に把握できるスルメイカの漁獲量減少以前のイカ加工業者数は、主に函館市と北斗市に位置する函館特産食品加工組合の組合員において44業者(2016年)、福島町・松前町に30業者(2013年)であった。
函館地区のイカ乾燥珍味加工業者及びイカ塩辛加工業者は、加工種類や属性(製品問屋系・メーカー系)、経営規模(大手・中小・零細)等から分類することができる。中小・零細業者は中・大手業者と提携あるいは下請けの関係を有しているケースもあれば独立したものもあり、必ずしもピラミッド構造ではないものの、大手業者が数社であるのに対して中小・零細業者の裾野は広い。経営条件が異なる函館地区のイカ加工業者が、国産イカ漁獲量の減少という事態に対して、どのような対応を図っていったのだろうか。
ⅱ ) 加工種類別のイカ加工業者の対応
加工種類に関わらず共通したのは、第一に原料の輸入イカへの切り替えであり、第二に原料在庫の活用であった。それとともに、あるいはそれが困難なところは、ひとまず生産規模を縮小して赤字の発生を抑制しながら企業体力の温存に努めた。
(イカ乾燥珍味業者)
乾燥珍味の大手でイカ製品以外の製品がある業者では、二次加工品(調整品)を輸入して小袋包装等の最終加工作業のみ行う問屋業への回帰や、扱う乾燥珍味の種類をイカ以外のチーズ類や畜肉類に広げていく脱イカの方向性を示した。
一方の中小業者、特にするめ加工に特化してきた福島町・松前町の水産加工業者は、これまで基本的に国産スルメイカからのみするめ作りを行ってきたため、国産スルメイカの減少という事態に対しては、第一に原料の入手の困難と単価の上昇、第二にするめ製品の単価の上昇による販売先の限定という入口・出口のダブルパンチを受けた。そのため、操業を続けられるするめ加工業者は、提携や下請けなど大手業者との関係を有している数社である。このような中小業者の操業休止は、ある意味、小回りがきく中小業者であるがゆえに可能な選択と考えられる。しかしながら、生原料を利用する程度が高い中小業者においては、国産スルメイカの代替原料として輸入原料(冷凍品)を利用したい場合に、IQ枠の確保難等が足かせとなり、個別の業者の判断だけでは苦境を脱しにくいというハードルがある。
(イカ惣菜業者)
イカ製品以外の製品を有していないイカ惣菜業者は、野菜を対象とした加工分野に活路を見出すなど異業種展開を試行した。イカ以外のものを加工する異業種展開については、一般的には原料イカが不足するのであれば加工対象をその他の魚種に転換したらよいという発想がなされがちである。しかしながら、イカと魚は魚体の特質から加工工程や使用する機械が異なり多額の設備投資が必要となるため、他の魚種への転換は業者に資金力がないと容易ではないという。
(イカ塩辛業者)
塩辛業者の場合は基本的には生イカ原料から塩辛を作っているため、乾燥珍味のように半製品を輸入に切り替えるという選択肢はない。そのため、国産原料の不足に際しては、輸入原料を用いた安価なアメリカオオアカイカを原料とした塩辛の大規模生産の方向に向かった。一方で、零細であるがゆえに、従来通りスルメイカ類原料をなんとか調達し高級・こだわり・伝統路線で生き残りを図ろうとする業者も存在している。
- 注)このような函館地区のイカ加工業者の対応については、主に2017年5月時点の聞き取り調査結果をもとに記述している。
ⅲ ) 今後のイカ加工業の構造変化
今後、さらに国産スルメイカの漁獲量の減少が続けば、これまで大手業者と垂直的な分業関係を形成していた中小業者の多くが脱落し、イカ加工業の構造は大手業者の一極集中化の方向に進むと予想される。新型コロナ感染症流行下の巣ごもり生活のなかで、乾燥珍味の需要が若干上向いたという情報もあるが、これら乾燥珍味の大手業者は基本的にはイカ乾燥珍味分野を縮小マーケットと判断し脱イカを図ろうとしている。それはイカ加工業の空洞化をもたらす恐れを孕んでいる。
また、一次加工業者については、するめ加工業者の場合は大手業者と提携する加工業者のみ生き残り、またするめ加工業者以前に縮小再編が進んだだるま(さきいかの一次加工品)加工業者の場合は多角経営の中堅数社に集約されていくことが推察される。
国産スルメイカの漁獲量減少が続き、イカ原料がこれまで以上に国産品から輸入品にシフトすればイカ加工業の諸階層の集積は維持しにくい。イカ加工業の立地については、消費者に新鮮さやおいしさを想起させる函館ブランドが有利という判断から海外イカを多用する大手業者も函館に工場を置くことが多かったが、輸入原料を多用する水産加工業は産地にある必要はなく。一般的には消費地加工型にシフトしている。函館をはじめとするイカ類水揚地は、漁業や水産加工業など基幹産業の生産金額の減少や廃業、雇用力の喪失等の直接的なダメージを受けるだけでなく観光等にも影響し余波は小さくないものと考えられる。
現在、新型コロナ感染症流行下の巣ごもり生活の影響や今後の国産スルメイカの漁獲及び世界のイカの漁獲の状況により、日本のイカ加工業者の個別の対応及びイカ加工業の構造はさらに変化していくと考えられる。
(資料:三木克弘・三木奈都子「イカ産業の構造と展開」農林統計出版株式会社, 2021年, pp409–429)