イカ漁業編

  • Q26
    日本人はイカ好きだそうですね?
    A

    その通りです。2017年の水産白書(水産庁)の生鮮消費統計によると、日本人は1人あたり1年で0.4kgのイカを食べています。これはサケ、マグロ、ブリ、エビに続くものです。ちなみに、2008年まではイカの消費が1.0kgで1位でした。なお、この統計にはさきいかなど乾燥珍味の消費が含まれておらず、これを含めるとイカはまだまだ日本で一番食べられている魚介類であると推測されます。

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  • Q27
    日本近海ではイカがどのくらい獲られていますか?
    A

    近海から日本の漁師さんが獲っているイカはおよそ10万トンありますが、最重要種はスルメイカです。1968年にはスルメイカ単独で年間約70万トンの漁獲がありました。現在は約5万トンですが、それでももっとも多獲されるイカで、生鮮だけではなく、するめ(乾製品)、塩辛、さきいかなど種々の加工食品にされています。ソフトさきいかの材料など加工品として重宝されたアカイカ(=むらさきいか)は沖合流し網ができなくなって以来、4千トン前後釣られています。

    沿岸のイカは農林水産省の統計には細かい種類まで分類されておらず、個々の種類の漁獲量は各地方の各魚市場で見なければわかりませんが、コウイカ類(主流はコウイカ、カミナリイカ、シリヤケイカですが、地方によってはコウイカ科の別種も市場にあがっています)や「その他のイカ」としてケンサキイカ、ヤリイカ、アオリイカのほかホタルイカ、ソデイカなどわが国固有の種類を含めて年間3〜4万トンの漁獲があります。日本人はジンドウイカやミミイカのような小型でローカルなイカまで漁獲利用しますから、数えてみると25種くらいのイカが市場で見られます(Q34参照)。

    日本のイカ類漁獲量(農林水産統計から酒井光夫作製)
    日本のイカ類漁獲量(農林水産統計から酒井光夫作製)
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  • Q28
    イカはどんな方法で獲るのですか?
    A

    沿岸性で海底近くに生活しているコウイカ類は定置網、底曵き網のほか「いか篭《かご》」、釣りなどで獲られます。外洋をすみかにしているスルメイカは夜間に漁灯をつけて釣りで獲るほか、沿岸近くに来たものは定置網に入ったり、底曵き網でも漁獲されます。かつては沖合にすむアカイカ(むらさきいか)を流し網で獲っていましたが、サケや海鳥や海獣が混獲されるので国連によって1993年以来禁止されてしまいましたので、また釣りに変わりました。

    昔の漁灯は松明《たいまつ》でしたが、今では一灯で家庭用電球約40個分の電力を使うメタルハライドランプを船一杯に灯します。またアカイカは、昼間は250〜300mぐらいの暗い環境にいて、これを漁獲するために水中灯を使います。最近ではLEDなどの省エネ光源を漁灯に応用する試みも始まっています。

    イカ釣り漁船(有元貴文提供)
    イカ釣り漁船(有元貴文提供)

    イカが本当に光を好んで集まるのかどうか種々議論があります。というのは、イカ釣り漁船の周辺では、スルメイカは強い漁灯の光の輪のなかには集まらず、船の陰のようなところにとどまっているからです。最近の研究では、スルメイカは光の強さや餌生物の有無に関わりなく、横の方向から来る光に引きつけられますが、あらゆる方向から光が来て全体に明るいところを嫌い、上方向のみから光が来る環境にはとどまる性質を持つことがわかってきました。海の中からイカ釣り船の漁灯を見ると、遠く離れたところでは横のやや上方に光の点として見え、イカを誘き寄せる刺激となっています。漁灯のすぐ近くの海面では、光の散乱が強く周囲が全体的に明るいので、イカはこんな場所を避けます。また、船の直ぐ下の一寸深いところでは、光の散乱が弱まり、上方向だけが明るく見えるようになります。イカはそうした層に沢山集まるわけです。つまりイカ釣りの漁灯は、広い範囲からイカを集める働きと、船の下にイカをとどめておく働きがあると考えられています。

    イカ釣船の漁灯は宇宙からも見えます。日本海でスルメイカをねらって操業する北朝鮮などの外国船も夜間可視画像を備えた衛星からはっきり見ることができます。

    イカを釣るための疑餌《ぎじ》針(いかづの)も様々な工夫がこらされています。エビや魚に似せたアオリイカ用の「餌木《えぎ》」は古来から芸術的なものすらあります。最近、釣り人はもっぱらきらきらする橙色系のものが良いとしています。

    スルメイカなどの疑餌針は初期の頃は単純な棒の先に逆茂木状に針をつけたものでしたが、最近は鉛製の軸の上に色糸を巻いたもの、蛍光を発するもの、餌を装着できるようにしたもの、柔らかいビニール製のもの(おっぱい針)、さらに泡が出るようにそれに小孔を開けたもの、内部に電灯を仕込んだものなど色々あります。

    大群をなさないソデイカは、大きな疑餌針を浮き(初めは空き樽でしたが今は発泡スチロール製)の下に延縄《はえなわ》状につけておき一昼夜くらい流しておいてイカのかかるのを待ち受けます。

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  • Q29
    日本人は海外のイカも漁獲利用していると聞きますが、どこでどんなイカを獲っているのでしょうか?
    A

    ⑴ 1960年代から、アフリカの大西洋沿岸で日本の遠洋トロール漁船が多い年では3万トンを超えるヨーロッパコウイカ(市場名は「もんごういか」)を獲ってきていましたが、200海里時代になり、1982年には撤退しました。一時、イエメン沿岸から5000トン内外漁獲された「アデンもんごう」は日本にも分布するトラフコウイカでした。

    その後は少量のヨーロッパコウイカがスペインなどから輸入されましたが、最近の「もんごういか」はタイをはじめとする東南アジアから輸入されていますが、コウイカやアジアコウイカ他複数の種が含まれています。

    ヨーロッパコウイカ(もんごういか)/アルゼンチンマツイカ(まついか)/アメリカオオアカイカ(撮影:野路 滋)

    ⑵ 1970年代、ニューヨークからニューファウンドランド沖に分布するカナダマツイカを試し釣りで3500トンくらい、さらにトロール漁船が3万トン近く獲ってきましたが、このイカの資源量の変動が激しく、続きませんでした。

    ⑶ 1970年代後半から1980年代にかけて、日本の大型のイカ釣り100隻以上、トロール船20隻以上もの大船団がニュージーランド近海に出漁し、ニュージーランドスルメイカを1万〜3万トン獲っていて、最高5万トンにまで達した年もありました。しかし、1990年からはニュージーランドの200海里内の日本との二国間協定による割当はゼロとなり、合弁船による入漁に限られたことから日本船の漁獲は3千トン前後に減少しました。さらに、2017年からは外国籍船の入漁許可がなくなり、2016年を最後に日本の漁獲はなくなりました。

    わが国の海外いか類の漁獲量(FAO2018から酒井光夫作製)
    わが国の海外いか類の漁獲量(FAO2018から酒井光夫作製)

    ⑷ 1980年代ニュージーランドに替わりアルゼンチンマツイカの大資源の開発が行われ60隻以上の日本漁船が10万トンくらい獲りました。(その頃アルゼンチン、ポーランド、台湾などの外国船の漁獲を合計すると50万トンにもなったといいます。)

    年々、増減を繰り返し、2015年に各国総計100万トンを越える大豊漁の年もありましたが、最近は資源の変動が大きく、漁獲量も大きく変動しています。漁業国は沿岸国のアルゼンチンやフォークランド(マルビナス)に入漁する台湾に加え、公海では中国が大きく漁獲量を伸ばしています。

    ⑸ アカイカ(「むらさきいか」「ごうどういか」)は「海外イカ」とはいえないかもしれませんが、三陸沖からハワイ沖〜北米西岸までの広い北太平洋の公海が漁場です。アカイカは、初めはスルメイカの代替え品として三陸沿岸で、せいぜい2トン弱釣られていましたが、沖合の流し網が用いられていた時代(1983〜1991年)は年々平均20万トンも獲られていました。1993年の流し網モラトリアム(一時禁止)以後再び釣りに転じましたが、最近はせいぜい3〜5千トンの漁獲となっています。

    アカイカ科(スルメイカ類)の分布域(谷津明彦による)
    アカイカ科(スルメイカ類)の分布域(谷津明彦による)

    ⑹ 最近めざましい開発をとげたのはアメリカオオアカイカ(通称「あめあか」)です。アメリカオオアカイカの主分布域は南米チリ・ペルーの沿岸で、太平洋のほぼ全域に分布するアカイカに比べると分布域がずっと限られています。日本は1971年の試験操業以来、有望資源と眼をつけてペルーの経済水域内(EEZ)から公海にいたるまで資源開発を進めて2002年には6万トンを漁獲しました。しかし、2012年からペルーEEZ内での外国船の入漁ができなくなり、それ以降は日本船の出漁はなくなりました。一方、ペルーやチリでは自国沿岸での漁業開発が進み、さらに中国船が公海域で400隻近く進出して2014年と2015年に100万トンを越える史上最大の漁獲量がありました。

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  • Q30
    日本以外でイカを食べている国はどこですか?
    A

    アジアの人はみんなイカが好きです。韓国、中国、タイ、ベトナム、インドネシアなどの人たちはイカを好んで食べています。統計からみると、最近のイカの漁獲量はおよそ300〜400万トンですが、日本を除くと中国、ペルー、韓国、アルゼンチン、台湾、ベトナム、チリ、インド、アメリカ合衆国などが上位(10〜50万トンのレベル)です。

    欧米ではもともとイタリアとかスペインや南米のラテン系の人たちもイカは好きで、スペインのパエリアネグロのようなイカ墨入りの料理は有名です。

    また、100万トン近く漁獲されて国際原料として加工開発が進んだアメリカオオアカイカはヨーロッパやロシアでもよく食べられるようになりました。もともとアングロサクソン系の人やスラブ系の人々にはあまりなじみがなかったようですが、アメリカのように東洋人の移民が大勢入り込んだ結果イカになじみ、最近の低カロリー食品の流行などからアメリカ人などもだんだん食べるようになってきたようです。

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  • Q31
    こんなにイカを獲ってしまって将来イカ資源は大丈夫でしょうか?
    A

    世界における魚類もエビ・カニ、貝類なども含めた全漁獲量は1〜1.2億トンですが、なかでイカ類だけを取り出してみると250〜300万トンぐらいです。1968年には日本はスルメイカ単一種で70万トン近くも獲りました。また、国連による流し網モラトリアム以前には沖合流し網でアカイカを日本・韓国・台湾などで合計35万トン(1990年)も獲っていました。しかし、今では世界各地のスルメイカ類(アカイカ科)8種類を合計しても平均30万トンをわずかに超すくらいです。これに各地の沿岸域から獲れるケンサキイカ・ヤリイカ類(ヤリイカ科)やコウイカ科の漁獲量を加えて250万トンに達するというわけです。

    もうイカは海のなかにいないのかといえば、古典的なFAOのガーランド博士の見積もりによると外洋のイカ資源はおよそ2000万トンから1億トンあるといわれました。これに対して英国のクラーク博士の5000万トン、フロリダ大学のヴォス博士の1億〜3億トンという説がありました。

    冷凍庫に積まれたアカイカの山/新鮮なスルメイカ

    もっとも新しい推定値は英国のロードハウス博士とロシアのニグマチュリン博士によるもので、外洋表層性イカ(主体はスルメイカ類)の潜在資源量は400万〜6000万トン、それにクジラ、イルカ、オットセイ、マグロ他の捕食者を支えるものが1.5〜3億トンあるといいます。こういう見積もりには沿岸にすむイカ類が入っていません。

    小型のホタルイカ、深海にすむソデイカ、寒海のドスイカなど日本人は他の国の人が利用しない変わったイカも漁獲利用していますが、それらは世界的な統計に影響するほど大きな漁業ではありません。

    それらの推定値を見るとまだイカの資源はありますが、人間が漁獲して食用に供するためには、身がおいしいことと、成体が漁業として成り立つような海の浅いところに大集群を作る性質のあることが必要です。そういう観点から見れば、スルメイカ類(アカイカ科)は大規模な利用に適したイカです。沿岸のコウイカ類やケンサキイカ類などは発展途上国の沿岸などでも零細な漁業ででも獲られますが、その量はバカになりません。東南アジアや、イカをあまり食べないオーストラリア、アフリカ沿岸にはそういう沿岸性のイカの未利用資源はまだ眠っているものもあると思われます。

    人間が食品としての面からも、経済性の面からも利用できないイカ、たとえば深海性のイカ、他の魚類などと混ざってしか獲れないイカ、ばらばらにすんでいるため経済的な漁獲努力に適さないイカなどはそれらを何とかして利用しようと考えるより、大型の魚類などのようなイカを捕食する者の肉に転換したものを利用するほうが賢明だろうと思われます。


    スルメ作り(山形県飛島にて)
    スルメ作り(右:山形県飛島にて)
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  • Q32
    イカの養殖はできないのでしょうか?
    A

    海底近くに生活しているコウイカ類やダンゴイカ類は水族館などでは短期の飼育ができます。しかしケンサキイカやスルメイカのようなツツイカ類は後向きに高速で泳ぐため、水槽の壁に衝突して死ぬので、長くは飼えません。この頃はイカを飼っている水槽の壁にはストライプや不規則な模様を描いて壁を認識させるようにしています。

    イカの神経が常時実験に使えるようにするため電子技術総合研究所の松本 元博士はイカが高速で泳いでも衝突しないようなドーナッツ型の飼育水槽を開発されました。テキサス農工大学ではこれをさらに大規模なレースウェイと呼ぶ陸上トラック型の水槽でカリフォルニアヤリイカの累代飼育まで成功しました。これは神経生理の実験のためなのでいいようなものですが、イカ一尾を作り出すのになんと200ドルもかかったそうです。

    飼育技術そのものはこのように皆無ではありませんが、餌の供給や共食いを避ける施設などを考慮すると経済性に見合うイカの(タコも)養殖はまだ困難と思われます。

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  • Q33
    市場でも、釣り情報でも図鑑にない名前で呼んでいます。イカの名前ってそんなに色々あるのですか?
    A

    はい、そうですね。図鑑や学術報告には従来から用いられてきた和名をなるべく用いるようにしていますが、これらの書物では和名の他に万国共通の学名(ラテン語)を併記しますので大きな混乱は起きません。

    しかし、各地方には固有の地方名、また市場にはその市場だけに通用する市場名(マーケットネーム)があり、そのうえ釣り情報誌にはそれらとも異なる名前が「発明」されていたりして、1つのイカにも様々な名前(通俗名)があります。

    たとえばスルメイカですが、学名はトダロデス・パシフィクス(Todarodes pacificus)というデンマークのスティーンストラップ教授が1880年につけたものです。そもそもスルメイカという名前は「松前するめ」の主原料だったのでスルメイカと呼び習わされて定着したものと思われますが、北海道・東北などの主水揚げ地では「まいか」と呼びます。「ま」はマダイとかマイワシというように、その土地の本物というか主要産物につく接頭語ですから、北海道などではそれこそスルメイカが最も重要なイカと見なされているわけです。

    ケンサキイカの地方型 五島いか(左)ぶどういか(中)めひかりいか(右)
    ケンサキイカの地方型
    左:五島いか/中:ぶどういか/右:めひかりいか
    呼子のケンサキイカ活き作り(撮影:野々山浩)
    呼子のケンサキイカ活き作り(撮影:野々山浩)

    ところが、関西方面で「まいか」といえばコウイカを指します。関西方面ではスルメイカより瀬戸内海などで獲れるコウイカが主要なイカなのでしょう。コウイカは、体の後端から甲の刺が出ているところから、「はり(針)いか」とも呼ばれますが、釣り人はもっぱら「すみいか」と呼びます。

    九州ではスルメイカのことを「とんきゅう」といいますが、九州でも地域によっては「つしまいか」、「ばかいか」、「くそいか」あるいは「がんぜき」などの方言名があります。関東方面ではスルメイカの若いのを「むぎいか」といいます。

    ケンサキイカは築地市場では「あかいか」と呼ばれます。しかし九州では赤の正反対の「しろいか」というからおもしろいではありませんか。ですからケンサキイカの乾製品は「白ずるめ」と呼ばれます。(「五島するめ」「一番するめ」「磨きするめ」とも。)また、四国から本州の沿岸で「めっとう」とか「めひかりいか」と呼ばれるのもケンサキイカです。釣り情報誌には「だるまいか」などと書かれています。ケンサキイカは海域によって多少見た目が異なるいわゆる多型現象が見られるので、名前が色々あるのかもしれません。

    障泥《あおり》とアオリイカ
    障泥《あおり》とアオリイカ

    アオリイカも方言名の多いイカです。そもそも「アオリ」というのは馬具の一種で鞍の下に敷くやや楕円形をした敷物で「障泥《あおり》」という字を当てます。それは丸い鰭の形からの連想と思われますが、同様に「ばしょういか」「くついか」という地方があります。それに体が透き通っているからでしょうか「みずいか」などとも呼ばれ、アオリイカのするめは「みずするめ」と呼ばれます。

    市場名でもっとも普通に用いられている「もんごういか」は、瀬戸内海地方ではずっと昔からカミナリイカの方言名でした。ところが、遠洋トロールの大西洋産ヨーロッパコウイカが出回るとなぜかそれが市場で「もんごういか」と呼ばれ、それ以降東南アジアから主に冷凍ロールいかで輸入されるコウイカ類をおしなべて「もんごういか」と呼ぶ習慣になったようです。

    こういうふうに水産上重要なものほど、地域や市場によって色々な名前で呼ばれているのが実情です。

    なお、俳句の春の季語になっている「春いか」はコウイカを指すようで、本物のハナイカではありません。

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