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はい、そうですね。図鑑や学術報告には従来から用いられてきた和名をなるべく用いるようにしていますが、これらの書物では和名の他に万国共通の学名(ラテン語)を併記しますので大きな混乱は起きません。
しかし、各地方には固有の地方名、また市場にはその市場だけに通用する市場名(マーケットネーム)があり、そのうえ釣り情報誌にはそれらとも異なる名前が「発明」されていたりして、1つのイカにも様々な名前(通俗名)があります。
たとえばスルメイカですが、学名はトダロデス・パシフィクス(Todarodes pacificus)というデンマークのスティーンストラップ教授が1880年につけたものです。そもそもスルメイカという名前は「松前するめ」の主原料だったのでスルメイカと呼び習わされて定着したものと思われますが、北海道・東北などの主水揚げ地では「まいか」と呼びます。「ま」はマダイとかマイワシというように、その土地の本物というか主要産物につく接頭語ですから、北海道などではそれこそスルメイカが最も重要なイカと見なされているわけです。
ケンサキイカの地方型
左:五島いか/中:ぶどういか/右:めひかりいか
呼子のケンサキイカ活き作り(撮影:野々山浩)
ところが、関西方面で「まいか」といえばコウイカを指します。関西方面ではスルメイカより瀬戸内海などで獲れるコウイカが主要なイカなのでしょう。コウイカは、体の後端から甲の刺が出ているところから、「はり(針)いか」とも呼ばれますが、釣り人はもっぱら「すみいか」と呼びます。
九州ではスルメイカのことを「とんきゅう」といいますが、九州でも地域によっては「つしまいか」、「ばかいか」、「くそいか」あるいは「がんぜき」などの方言名があります。関東方面ではスルメイカの若いのを「むぎいか」といいます。
ケンサキイカは築地市場では「あかいか」と呼ばれます。しかし九州では赤の正反対の「しろいか」というからおもしろいではありませんか。ですからケンサキイカの乾製品は「白ずるめ」と呼ばれます。(「五島するめ」「一番するめ」「磨きするめ」とも。)また、四国から本州の沿岸で「めっとう」とか「めひかりいか」と呼ばれるのもケンサキイカです。釣り情報誌には「だるまいか」などと書かれています。ケンサキイカは海域によって多少見た目が異なるいわゆる多型現象が見られるので、名前が色々あるのかもしれません。
障泥《あおり》とアオリイカ
アオリイカも方言名の多いイカです。そもそも「アオリ」というのは馬具の一種で鞍の下に敷くやや楕円形をした敷物で「障泥《あおり》」という字を当てます。それは丸い鰭の形からの連想と思われますが、同様に「ばしょういか」「くついか」という地方があります。それに体が透き通っているからでしょうか「みずいか」などとも呼ばれ、アオリイカのするめは「みずするめ」と呼ばれます。
市場名でもっとも普通に用いられている「もんごういか」は、瀬戸内海地方ではずっと昔からカミナリイカの方言名でした。ところが、遠洋トロールの大西洋産ヨーロッパコウイカが出回るとなぜかそれが市場で「もんごういか」と呼ばれ、それ以降東南アジアから主に冷凍ロールいかで輸入されるコウイカ類をおしなべて「もんごういか」と呼ぶ習慣になったようです。
こういうふうに水産上重要なものほど、地域や市場によって色々な名前で呼ばれているのが実情です。
なお、俳句の春の季語になっている「春いか」はコウイカを指すようで、本物のハナイカではありません。