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EPA(エイコサペンタエン酸)の役割が明らかになったのは、グリーンランドのイヌイットが、デンマーク人と同程度の高脂肪食をとっているにもかかわらず、心筋梗塞《こうそく》の患者が著しく少ないという疫学調査の結果からです。この違いは、デンマーク人が主に畜産の肉類を食べるのに対し、イヌイットでは魚や海獣を主食にしているという食生活の違いによるもので、イヌイットの血液成分を調べた結果、EPAがデンマーク人よりも多く、心筋梗塞を予防する成分であることが示されました。
デンマーク人とイヌイットの疾患発症頻度
疾患名 |
デンマーク人* |
グリーンランド イヌイット |
急性心筋梗塞 |
約40人 |
3人 |
がん |
約53人 |
46人 |
消化器系潰瘍 |
約29人 |
19人 |
乾癬 |
約40人 |
2人 |
気管支ぜんそく |
約25人 |
1人 |
慢性関節リウマチ |
よくある |
まれ |
潰瘍性大腸炎 |
よくある |
まれ |
憩室炎 |
よくある |
まれ |
*デンマーク人の数字は1963〜67年の4年間において調査したイヌイットと同じ年齢構成を当てはめて割り出した発症頻度(『もっと凄い薬効がわかった魚のEPA』より)
EPAは血小板の凝集を抑える作用や、血液中の悪玉コレステロールや中性脂肪を抑えて善玉コレステロールを増やす働きがあり、動脈硬化、脳梗塞、脳卒中、血栓性高脂肪血症、高血圧などのいわゆる成人病の予防・改善に効果があります。またEPAはアトピー性皮膚炎や花粉症、気管支ぜんそくなどにも有効といわれています。
DHAは脳や神経組織の発育、機能維持に必要な成分です。人の体では脳細胞や網膜などに多く存在し、これが不足すると胎児や乳幼児の脳や神経の発達が悪くなったり、老化による学習能力や視力低下を招いたりします。DHAは人間の体内では合成されませんので食べ物からとる必要があります。
EPAやDHAはマグロやカツオ、イワシ、サバ、サンマ、ブリなどの赤身魚に多量に含まれています。これらはイカにも含まれていますが、イカはイワシなどの魚類に比べて脂質含量自体が少ないので、EPAやDHAの含量も魚類ほど多くはありません。そのためこれらの効果を望む場合には、EPAやDHAを多く含む赤身魚を食べるのがいいでしょう。
天然油脂の主な脂肪酸の融点と所在
炭素数 : 二重結合数 |
慣用名 |
融点 (°C) |
主な所在 |
飽和脂肪酸 |
C16 : 0 | パルミチン酸 | 63.1 | カカオ脂、動植物油脂 |
C18 : 0 | ステアリン酸 | 69.6 | カカオ脂、動植物油脂 |
C20 : 0 | アラキジン酸 | 75.3 | 落花生油、ショートニング |
不飽和脂肪酸 |
C16 : 1 | パルミトオレイン酸 | 0.5 | 魚油、マカダミヤナッツ油など 動植物油 |
C18 : 1 | オレイン酸 | 14.0 | 動植物油 |
C18 : 2 | リノール酸 | -5.0 | サフラワー油、大豆油など植物油 |
C20 : 5 | EPA (エイコサペンタエン酸) | -53.8 | イワシ油など魚介類 |
C22 : 6 | DHA (ドコサヘキサエン酸) | -44.1 | イワシ油など魚介類 |
(『わかりやすい食物と健康1』より)
EPAは炭素数が20個で二重結合が5個、DHAは炭素数が22個で二重結合が6個からなる長鎖脂肪酸です。このように二重結合を2個以上持っている脂肪酸を多価不飽和脂肪酸といいますが、二重結合を持たない飽和脂肪酸に比べて融点が低く、しかも二重結合が多いほど融点が低くなるという性質があります。EPAやDHAを陸上生物は持たないのに、魚介類が持っているのはなぜでしょう。
脂肪酸は細胞膜の構成成分ですが、これが固まることは生物にとって致命的なことです。海は平均水温が5°Cといわれていますが、魚介類は低温でも固まりにくい多価不飽和脂肪酸を持つことによって、低温の海でも生活することができるのだと考えられています。
魚介類脂質の脂肪酸組成
| 脂肪含量 (%) | 脂肪酸*1 (%) | EPA*2 (%) | DHA*2 (%) |
飽和 | 不飽和 |
一価 | 多価 |
スルメイカ | 1.2 | 13.7 | 3.9 | 24.1 | 12.9 | 40.2 |
マイワシ | 13.9 | 27.6 | 20.2 | 27.4 | 11.2 | 12.6 |
マダイ | 5.8 | 25.3 | 27.5 | 23.8 | 6.7 | 13.8 |
サケ | 4.1 | 16.2 | 40.1 | 22.3 | 6.5 | 12.5 |
ウシ(ひき肉) | 15.1 | 36.1 | 45.1 | 4.0 | 0.1 | 微量 |
ブタ(ひき肉) | 15.1 | 37.8 | 43.3 | 11.4 | 0 | 0.1 |
ニワトリ(ひき肉) | 20.9 | 28.4 | 45.0 | 15.5 | 0.1 | 0.3 |
*1 総脂肪酸中の%、*2 総脂肪酸中の% (『五訂増補食品成分表2010』より)