はじめに
魚介類を調味液に漬け込んだ後、乾燥することにより水分と水分活性を低下させ、原料素材に旨さと保存性を付与する加工法があります。この加工法を利用した調味乾製品では、さきいか、みりん干し、儀助煮などが挙げられます。
さきいかはもともとイカを素干しにしたするめを引き裂いて調味する製法でした。最近では「ダルマ」と呼ばれる半製品の開発から製造形態が変わり、生イカや冷凍イカを原料としたダルマを作る業者、そしてダルマを仕入れて「さきいか」を製造する業者に分かれた業態が多く見られるようになりました。
さきいかにはソフトさきいかと呼ばれている表皮を除いたさきいかの他に、皮付きで焙焼し焦げ目をつけ、香ばしさを強調したものなどがあります。ここでは函館黄金(はこだてこがね)とも呼ばれている“皮付きさきいか”をとりあげました。加工工程にしたがって中間素材のダルマ及びそれを利用した製品作りに関する基礎的な品質と衛生管理について解説します。
イカ加工品ができるまで
1. 生イカからダルマの製造
1-1. 生イカ受入
主原料のイカは、わが国の周辺海域に分布するスルメイカ(マイカ)が原料として利用されます。特に北海道で夏から秋にかけて多く漁獲され、その品質適性から主に生鮮ものが使われます。この他、スルメイカの漁況によっては冷凍アルゼンチンイレックスなどを使うことがあります。
市場から搬入される生鮮スルメイカ(大小混じり)の内容を把握するため受け入れ検査を行います。一般的な検査は購入先との契約と自社受け入れ基準にしたがって総重量、魚体の大きさ(cm)、重さ(g)、また目視で鮮度、キズ、異物などの混入や種類などを測定します。
1-2. 調理・洗浄
壺抜き[1]し、胴肉からヒレ部(耳)を切り取り、腹側から開いて水洗いをします。このような調理処理によって内臓、耳、足、骨を除いたダルマ原料が出来上がります。なお、主原料イカには小さな錆のかたまりが異物として発見されることが多いので、洗浄の際には異物が外部へ流出するような構造の洗浄装置が望まれます。
受入用水
生イカの洗浄には水道法でいう飲用適の水(水道水または衛生的に水道水以上の水)を使用します。井戸水の場合は、水道水の基準にそって年に二回以上の食中毒菌や一般生菌数などの細菌検査、また化学検査を行い常に安全性を確かめなくてはなりません。
保管用水
地下水や貯め水は細菌に汚染されやすいので殺菌が必要になります。このような用水の殺菌には、次亜塩素酸ナトリウムが主に使われ、この場合、遊離残留塩素濃度が0.1ppm以上でなければなりません。また、洗浄水についても用水と同じ扱いが必要と考えられます。
[1] 壼抜き
生イカの腹部を切り開くことなく内臓・頭脚部を取り出すこと。
1-3. 加熱
胴肉を水洗いした後、後の工程で裂きやすくするため80〜90°C程度で2〜3分間の煮熟をボイル槽で行います。なお、この加熱工程の前に皮むき[2]を行うとソフトさきいか用ダルマになります。
[2] 皮むき
50〜60°Cの温湯中でイカを撹拌し、自己消化を利用して表皮の剥離・除去を行うことです。
1-4. 冷却
次いで写真の冷却槽で水温を約13°Cに保ち、20分間程度冷却し、品温を約15°C位まで低下させます。そしてプラスチックのざるで水切りします。
1-5. 計量・調味
後に行われるさきいかの調味を損なわないように、ダルマの味付けは簿味が基本です。0°C近くまで冷やしたいか肉を調味タンクで長時間かけて撹拌・味付けします。加えられる調味料等はメーカーによって種類や添加量が異なりますが、基本的には砂糖などの甘味料や食塩の他に、グルタミン酸ナトリウムのような旨味調味料などを加える場合もあります。また砂糖などによるメーラード反応が懸念されるため、褐変を起こさない甘味料のステビアや甘草を併用する場合もあります。そして調味後にダルマの大小選別を行います。
受入用調味料等
砂糖、食塩、ソルビトール、グルタミン酸ナトリウムなどの調味料等の受入に際しては、その内容を規格合格証のコピーなどで安全性を確認する必要があります。
保管用調味料等
一般に調味料等は吸湿性が高く変質しやすいので、低温で湿度の低い場所で保管するのが好ましい。また食品衛生法で使用基準のある保存料などの保管は他の調味料等とは区別して混同しないように管理すべきです。外装は細菌の工場内進入経路の一つですから、清潔作業区域や準清潔作業区域に持ち込まないようにしましょう。
1-6. 整列
プラスチックの網ネットに伸ばしながら整列し、移動式乾燥棚に差し揃えます。
1-7. 乾燥
キャスター付乾燥棚ごと乾燥室内へ、そして温風乾燥機で50°C、3〜5時間かけて水分を40%程度まで乾燥します。なお、黄色ブドウ球菌が産生する毒素、エンテロトキシンを防ぐため、品温が3時閥以内に48°Cを越える管理基準の設定が必要とされています。
1-8. 放冷
室温に乾燥棚を放置して冷却すると同時に、あんじょう[3] 効果をねらいます。
[3] あんじょう
一般に小室や容器に魚体を収納して、常温又はそれ以下の温度で一定時間あるいは数日間放置する操作をいいます。その目的は、魚体を比較的高温で乾燥するときや、機械乾燥するときなどに、魚体表面の乾燥だけが進行し、内部は生で水分が多く、乾燥が進行していない上乾きの現象が起こります。このような上乾きを防ぎ、水分を均等に乾燥するには、乾燥を適宜中断して、魚体表面からの水分の蒸発を抑え、内部の水分が表面に拡散する必要があるからです。そして水産物の干物やイクラなどの加工にもあんじょうの操作が多く用いられます。
1-9. 計量・包装
ダルマの場合、写真のように内装と外装が一つとなり、外装がダンボール箱で内装がポリエチレンシートからなっています。
受入包装資材
内包装(個包装や化粧包装ともいう)と外包装に使われる包装資材を受け入れます。内包装はポリエチレンシートが多く使われ、外包装はダンボールに品名、製造者等の表示がされていますが主な目的は内包装を衝撃や塵挨などから守ることにあります。また、結束するポリテープなどの資材が必要になります。これらの資材が契約通りの品物であるか、表示を中心に確認します。
保管包装資材
包装室で外装(ダンボール)のまま包装資材の保管をしているのを見受けますが、外装は細菌の工場内進入経路の一つですから、外装の取り外しは別室で行いましょう。
1-10. 冷凍・保管
ダルマを-25°Cの冷凍庫で凍結し、約1週間保管します。ここでは冷凍保存が主目的ですが、あんじょうも同時に進行します。
1-11. ダルマ・出荷
遠距離の場合は冷凍庫で出荷し、近距離では当日使用分を保冷車等で出荷しています。
イカ加工品ができるまで
2. ダルマから皮付きさきいかの製造
2-1. 冷凍ダルマ受入
加工工場の受入に際しては、ダルマの内容を把握するため受け入れ検査を行います。一般的な検査は購入先との契約と受け入れ基準にしたがって総重量、魚体の大きさ(cm)、重さ(g)、また目視で鮮度、キズ、異物の混入や種類などを測定します。
加工ダルマ工場から出荷されたダルマは、一般にさきいか工場近辺の営業冷凍庫(約-25°C)に搬入されます。そして当日のさきいか製造量に見合ったダルマ量を営業冷凍庫から引き取ります。
2-2. 解凍
一般に薄い塩水を満たした解凍槽で解凍を行います。ここでは胴肉の水分調整を兼ねているので解凍時間は適宜調整します。また、床からの洗浄飛沫などによる汚染に注意が必要で、飛沫などがかからない高さの解凍槽が望ましい。
受入用水
水道法でいう飲用適の水(水道水または衛生的に水道水以上の水)を使用します。井戸水の場合は、水道水の基準にそって年に2回以上の食中毒菌や一般生菌数などの細菌検査、また化学検査を行い常に安全性を確かめなくてはなりません。
保管用水
地下水や貯め水は細菌に汚染されやすいので殺菌が必要になります。このような用水の殺菌には、次亜塩素酸ナトリウムが主に使われ、この場合、遊離残留塩素濃度が0.1ppm以上でなければなりません。また、洗浄水についても用水と同じ扱いが必要と考えられます。
2-3. 焙焼
水切りしたダルマの焙焼には圧縮と加熱を兼ねた自動圧焼機(ロースター)で、表面を約105〜115°Cに加熱します。
2-4. のばし
焙焼の終わったものは、直ちに伸展機(ローラー)で1.3〜1.5倍の長さに圧延(のばし)しますが、圧延の程度によって製品の硬さを調整します。
2-5. 引き裂き
のばし工程終了後、暖かいうちに引き裂き機でさきいか状(約3mm幅)に毛羽立ちよく引き裂きます。
2-6. 選別
引き裂き不良のものを除外し、除外したものは別仕様の製品に仕上げます。
2-7. 調味・計量
仕上げ調味又は第二次調味とも呼ばれ、ダルマ調味との関連で調味料等の種類や添加量が若千変わります。引き裂き後の重量に対して砂糖、食塩、グルタミン酸ナトリウム、核酸系調味料などの適量をよく混合し、引き裂いた胴肉に撹拌しながらよくまぶします。また、保存料のソルビン酸は酸味料に溶かし、均一に噴霧するのが効果的です。食品衛生法で使用基準のある保存料・ソルビン酸は、魚貝乾製品1kg中にソルビン酸として含まれる量が1.0g以下と規定されているので、計量や混合に際しては正確さが要求されます。
受入調味料等
砂糖、食塩、ソルビトール、グルタミン酸ナトリウム、核酸系調味料、醸造酢などの副原料を受入れるには、その内容を規格合格証のコピーなどで安全性を確認する必要があります。
保管調味料等
調味料等が混合しないように色別などで明確にしておきます。また、これらが吸湿などによって物性変化を来す場合があるので乾燥した場所で保管しましょう。
2-8. あんじょう
さきいか状のものに調味料等を混合・付着させた後、これらを組織内部へ浸透させるため、約一夜、あんじょうします。あんじょうは、虫やほこりなどが入り込まないような所で行いましょう。
2-9. 乾燥
さきいかの水分を調整するために行いますが、製品によってはこの工程を省略する場合もあります。
2-10. 選別・保管
遠距離の場合は冷凍庫で出荷し、近距離では当日使用分を保冷車等で出荷しています。
さきいかに混入している異物をチェックし取り除く作業です。
2-11. 計量・内包装
皮付きさきいか表示例
内装のための計量であり、その量は色々ありますが一般に50g前後のものが多いようです。同時に異物や表示、特に賞味期限のチェックを行います。そして内装にあってはシール不良(密封不良)のチェックが必要です。また最近の内装はプラスチックトレイ(皿)にさきいかを盛ってから内装を施しているものが多いようです。
受入包装資材
内包装(個包装や化粧包装ともいう)と外包装に使われる包装資材を受け入れます。内包装はポリエチレンフィルムやポリエチレンをべースにしたフィルムが多く使われ、これに以下のような表示が印刷してあります。外包装はダンボール箱に品名、製造者等の表示がされていますが、主な目的は内包装を衝撃や塵挨などから守ることにあります。また、結束するポリテープやガムテープなどの資材が必要になります。これらの資材が契約通りの品物であるか、また表示を中心に誤りがないか確認します。
保管包装資材
内包装(個包装や化粧包装ともいう)と外包装に使われる包装資材を保管します。保管場所は外部から、虫やほこりが入らない構造であり、包装資材は汲湿性のものが多いので、乾燥した冷暗所で保管しましょう。
2-12. 金属探知・外装
内装後、錆などの金属混入を金属検出器でチェックします。
内装の終わった製品を数十個単位でダンボール箱にガムテープ及びポリエチレンバンドで梱包し、外装とします。
2-13. 保管
外装の終了したダンボール箱は、出荷を調整するために、いったん常温で保管室で保管します。
2-14. 製品・出荷
さきいかなどの製品は、常温で流通するので細菌やカビなどの微生物による品質の劣化を防ぎ安全性を確保するため、水分活性(Aw)が重要な要因になっています。また、美味しさの面からは調味・柔らかさ・硬さなどに影響を及ぼす水分(30%前後)、pH(5.7前後)、塩分などの調整が必要になります。
食品における細菌類の発育の指標となるものに水分活性(Aw)があります。Awが0.90以下になるとおおむね普通細菌は発育しなくなります。また、Aw0.88以下では酵母の増殖を防ぎ、さらにAw0.80以下では普通のカビも抑止します。このことから砂糖、食塩、ソルビトールなどを調味だけでなく、Awの調整という大きな目的でも用いています。
常温流通可能とされるさきいかのAwは、皮付きさきいかでは0.70以下、ソフトさきいかではAw0.73以下になるよう調整しています。そして、このような製品の賞味期限は常温で約90〜120日間になります。また、さらにカビの発生と品質上の保存性を高めるため脱酸素剤などを用いることもあります。
注
黄色ブドウ球菌は、Aw0.83で増殖、Aw0.85で毒素産生するとされています。
微生物 | 発育の最低Aw |
普通の細菌 | 0.90 |
普通の酵母 | 0.88 |
カビ | 0.80 |
好塩性細菌 | 0.75 |
水分活性
食品中に含まれる水は、全て同一の状態で存在しているわけではなく、タンパク質や炭水化物などと強く結合している水(結合水)や、これらとゆるやかに結合している水、及び全く自由に運動している水(自由水)などがあります。これらのうち微生物が利用できる水は主に自由水です。そして結合水はもちろん、食品成分とゆるく(弱く)結合している水の半分くらいは利用することはできません。したがって食品の貯蔵性と水分を論ずる場合には、全水分でなく主として自由水を取り上げればよいことになります。このような意図から考え出された全水分中の自由水の割合を示す尺度が水分活性(Aw)になります。
また、食品を取り囲む空気中の水分を表すのが関係湿度であり、水分活性はその食品に含まれる自由度を表します。たとえば、食品を容器に密封しておくと、容器内の空気の関係湿度によって、食品はある水分になるまで吸湿又は乾燥した後、平衡に達します。このときの水分を平衡水分といいます。今、食品を置いた容器内の空気の関係湿度が70%であったとすると、そこに置かれて平衡水分に達した食品の水分活性は0.70と表されます。
食品などの水分を乾燥で調節したり、あるいは食塩・砂糖・ソルビトールなどを加えて水分活性を変え、これに微生物を接種してその繁殖を調べると、微生物は水分活性が低下するにしたがって繁殖が悪くなり、水分活性があるレベル以下に低下すると、全く繁殖しなくなります。下記の表にその傾向を示しました。さきいかの水分活性が約0.70で、普通の細菌、酵母、カビは、さきいかの水分活性では生きていけません。また好塩性細菌も0.75ですから、これ以下では発育しません。このことからさきいかの水分活性が0.70前後に抑えられているのです。
出典:さきいか — 加工場の品質・衛生管理/一般社団法人 大日本水産会