1975年11月21日創立10周年記念出版『世界有用イカ類図鑑』、
1980年11月07日創立15周年記念出版『新・世界有用イカ類図鑑』、
1995年05月12日創立30周年記念出版『原色世界イカ類図鑑』、
2005年05月13日創立40周年記念出版『世界イカ類図鑑』
を刊行し、今回で5回目となる。
1975年版は、当時水産庁東海区水産研究所におられた奥谷喬司先生(理学博士:現東京水産大学名誉教授) に執筆をお願いした。その後、いずれも奥谷先生を煩わした。
最初の版が出版された1975年ころは、スルメイカ資源の低下傾向が懸念され、新漁場を求め研究機関の調査船や民間のイカ釣り漁船が盛んに出漁した時期にあたる。これらの事業に本書が関係者に随分活用された。ニュージーランド、フォークランド、アルゼンチン、ペルー等の新漁場が開発されたことにより、われわれ加工業者も恩恵を受けた。これらの出版は本来このような新資源開発に貢献することが大きな目的であっただけに、大変意義のある事業となった。
このたび、創立50周年を記念し、奥谷先生にあらためて執筆をお願いした。2005年版は世界のイカ類の408種を掲載したが、年々イカの分類が見直され、今回の「新編」は、世界のイカ類約500種のうち444種を掲載した。
ところで、FAOのイカ漁獲量統計によれば、2012年369.1万トンのうち、中国96.2万トン、ペルー51.7万トン、ベトナム28.9万トン、韓国27.2万トン、日本は21.9万トンで5位となった。かつて1952年には世界75.7万トンのうち、日本は65.6万トンで第1位の時代とは、大きく変化した。日本以外の各国におけるイカ消費量も増加している。イカ需給の国際化が進展しており、イカに対する世界的な関心は格段に高まっている。イカ研究者の層も世界的に随分厚くなってきた。また、漁獲、資源保護、貿易等について、グローバル化を念頭に置いた国際的な対応がますます重要となっている。
初代名取光男理事長をはじめ、第2代鴨井正夫理事長、第3代名取小一理事長、第4代金井芳雄理事長の歴代理事長の理念と熱意に加え、高名な学者である奥谷名誉教授がこの事業に共感いただき、本書の完成に心血を注いでくださったおかげである。そのご努力に心から厚く御礼申し上げる。
最近はかつてのように七つの海を駆け巡り、イカ類未利用資源の探索や新漁場開発の時代は終わったかのように見えるが、なおイカ資源の利用の関心は衰えていない。イカを多くは食べない国でも日本はじめイカを多く消費する国への輸出資源としてや食生活の変化などから新たに自国周辺のイカ資源に着目するようになった地域もある。
そのような背景からか、わが全国するめ加工業協同組合(「全いか」の前称)が創立10周年(1975)以来継続出版して来た世界のイカ類図鑑に類似した本は1984年発行のFAO Species Catalogueの頭足類編、台湾の童著『世界主要魷類図鑑』(2000)、Norman著『Cephalopods: A World Guide』(2000)、陳他2氏編著の『世界头足類』(2009)などがある。今回FAOは旧版のSpecies Catalogue を一新し『Cephalopods of the World: An annotated and illustrated catalogue of cephalopod species known to date(世界の頭足類:既知全頭足類の注記及びイラスト付き目録)』の第1巻(2005)・第2巻(2010)に492種のイカ類の名前を掲載した(第3巻(2014)はタコ類)。FAO Species Catalogue は本来「for fishery purpose」とあり、商業種または資源利用の可能性のあるイカ種の分類・識別法ばかりでなく、資源・生物学的情報は数頁に亘り豊富に盛られている一方、非商業種は図も無く、分布データが注記されているに過ぎない。本書とP. Jareb & C. F. E. Roperの労作FAO Species Catalogueの掲載種を比較してみると下表のようになる。
FAO Species Catalogue | 本編 | |||
---|---|---|---|---|
目(Order) | 詳細な記載・図・分布図 | 種名・分布データのみ | 計 | 計 |
コウイカ目 | 58 | 63 | 121 | 105 |
ダンゴイカ目 | 30 | 41 | 71 | 56 |
閉眼亜目 | 51 | 0 | 51 | 52 |
開眼亜目 | 98 | 146 | 244 | 219 |
その他 | 1 | 8 | 9 | 12 |
合計 | 238 | 258 | 496 | 444 |
本書を参考にして戴く読者の方には予めお断りをしておきたいことがある。
新編を製作するに当たっては永年の協同研究者・友人でもあるC. C. Lu、窪寺恒已、Amanda Reid博士その他の多くの方々から標本写真のご提供を戴いた。またK. Bolstad・R. E. Young博士並びに版権所有者(Bulletin of Marine Science他)には学術雑誌論文挿図の複製使用の許諾を戴いた。記して感謝の意を表する。
本書の出版事業については「全いか」の利波英樹理事長のご理解と野々山浩専務理事の調整努力に負うところが多く、煩雑な編集に携わって載いた東海大学出版部の稲 英史氏、デザイナーの中野達彦氏及び港北出版印刷株式会社の北野又靖氏のご尽力にも感謝の意を表します。
先史時代以来、蛋白源を海に求めてきた日本人にとってイカ類は海の恵みそのものであった。ある本によるとイカという語源も食べ物そのものを表すのだという。スルメイカはその主流で古来から松明といか角(疑似針)で釣られ、近代になってはいか釣り機はロボットになったが、一時は70万トンを誇ったスルメイカも現在はTAC対象魚種に組み入れられている。遠洋漁業華やかな時期は日本人の手でアフリカ沿岸のコウイカ資源が開発され、大型イカ釣り漁船は遠くニュージーランドや南米沖まで出て「まついか」を釣りまくった。スルメイカにかわる沖合いのアカイカにはイカを漁るのに従来考えもつかなかった流し網漁法も導入されたが、これは混獲物保護の観点からもう10年以上も前にモラトリアムとなった。
こうしたイカ資源開発・加工技術の発達していく歴史的背景から全国するめ加工業協同組合(「全いか」の前称)創立10周年(1975)の記念事業のひとつとして新書判の「世界有用イカ類図鑑」(掲載種60種)を出版させて戴き、更に「全いか」の創立15周年(1980)に際しては全面的に改訂を行なったA4版の「新・世界有用イカ類図鑑」(掲載種86種)を制作させて戴いた。1984年に出版された「FAO Species Catalogue」の頭足類編には、「全いか」図鑑に用いた種の図示・解説に、地理的分布を地図に表すという手法が取り入れられたばかりでなく、同書の多くの所に「新」図鑑の引用があり、「全いか」がこれまでいかに有用な出版物を世に送り出したかが理解されよう。
ところが、創立30周年(1995)にはまたまた同様の主旨の刷新版「原色世界イカ類図鑑」を作らせていただくという組合からのご厚意を戴き、図鑑部に200種、また頭足類分類各論を詳述した部分に20種合計220種を掲載した。三度目の正直と思っていたが、この時期は筆者が東京水産大学を定年退官し、日本大学に雇用される移行期であったのと、原稿入力オペレーターの力量不足もあって誤植の多い作品として残り、この本の利用者のみならず、イカ図鑑シリーズの出版にずっと肩入れをして下さっていた「全いか」の故名取小一前理事長などに大変申し訳ない気持ちを残していた。
今回「全いか」創立40周年に思いもかけずなんと4度目の図鑑制作という幸運と名誉の機会を戴き、レイアウトも一新し、一挙408種を掲載した。世界の海洋には凡そ450種のイカが棲むというから、掲載されていないものが、なお40種前後あるということになる。
最近は新資源の開発は下火であるが、既存資源の保護・管理や、漁獲物の有効利用や潜在価値の開発などのほうに眼が向いている。いっぽう全地球的或いは国家または領海規模でそこに存在する全ての種を記録しようという多様性の調査・研究や、分子を利用した頭足類系統分類学もかまびすしい。しかし、資源にしても、加工素材にしても、まして多様性研究や分子分析にしてもまず今問題にしている種を形態で認識・識別するのが第一歩であろう。人間が深く自然物の解明に立ち入るためには、まず目でみて万象を識別するのが入口である。その限りにおいて、このような図鑑の使命は失われないであろう。
最近のように厳しい経済条件のなか、このように高価な書物の出版を促進・実現された全国いか加工業協同組合と前理事長故名取小一氏に対し深く敬意を表するとともに、著者に4度目の挑戦の機会を与えて下さったことに心から感謝の意をあらわすものである。本書を御霊前に捧げる。
本書のために、遠洋水産研究所や「日本陸棚周辺の頭足類」(1987)のとき堀川博史博士・田川勝氏や他の方々が撮影され前版にも用いた多くの写真を再利用させて戴いたほか、窪寺恒巳博士、山田和彦氏など更にたくさんの方々から新しい写真を拝借利用させて戴いた(ご提供戴いた方の芳名は各図版の下に明記し謝意とした)が、408種全種のカラー写真を揃えることは到底不可能であった。従ってそれら以外は全て内外の研究論文やモノグラフに掲載された図や写真を複製せざるを得なかった。個人的に親しい外国の研究者はいずれも引用を快諾して下さり、また多くの版権所有者からもこの非営利出版物には許可を戴いた。記して謝辞としたい。